昭和49年01月10日 月次祭
御神訓に、今天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ。今天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ。この天地の開ける音を聞いて、目を覚させて貰う所から、本当の信心がなされるのです。所謂信心の目覚め。所が信心の目覚めがなしに、一生を終わる人が沢山あるかもしれません。信心とはおかげを頂く言葉だけで終ってしまう様な人が沢山あるかもしれません。信心の目が覚めると言う事。
そこから私は本当の信心が出来て来る。本当の信心修行が出来て来る。本当の力がついて来る。本当の真の信心というのがそこから出発である。金光様の御信心を頂いておるから、真の信心と言う事ではありません。だからこそ真のおかげが頂かれるのです。今日丁度五時半に、御祈念を終わって下らせて貰いましたら、ある教会の御信者さん方が、四人連れでお参りになっておった。裏で一寸お茶でも上げてそれから、新館の方からこう見て廻っておられました。
只々行き届いておられるのに驚きました。部屋の隅々に至るまで、調度品一つ一つに至るまで、それこそ丁度誰、お客さんが見えるから。今日はお掃除の一つもしとかんならんぞ、お花の一つも入れとかなければならんぞと言うような、何時お客様が見えてもよいと言うような様子が、一部屋一部屋に伺われるというておる。これは本当に何とかかんとか言うておる者がおってもです、やはりこちらの親先生の御信心ですなぁ、御徳ですなぁと言うて言われる。私もやっぱりそう思います。
合楽の信心がこのままの姿だとこう思います。それが私が是で良いかという風に一つも思っておりませんから、勿論信心は限りがないので御座います。行き届いた信心をすりゃ、行き届いたお陰を神様が下さいます。それがどう言う様な所から、そういう信心の眼が開けて来たかと言うと、私の場合はあの終戦という大きな節が、私の信心を私の信心の目を開かせてくれたように思います。
お祭前に幹三郎が前講をつとめておりました。ここでその話をそれこそ、たどたどしいお話を聞かせて頂きながら、私はしみじみ有り難いと思うた。それこそ唄の文句ではないですけれども、「古傷を思い出させて しみじみ寒い 二人の話に貰い泣き」と言う様ないきな文句があります。それを私は、自分の信心の上に考えて見た。「古傷を思い出させて、しみじみ寒い、二人の話に貰い泣き。」彼達が通った所を、自分も通ってきたという意味なのです。
私は信心でそれを思うて見て、そういう有り難い、私はしみじみ寒いではなく、しみじみ有り難い事だなぁ信心とはと思わせて頂いた。言うならば信心の眼が開きかかっておる。今日末永先生と二人でお話をした。僕の様な者がどうしてこの世に生まれて来たのだろうか。神様は僕の様な者を、どうしてお生かし下さってあるのであろうか。生まれて来ん方が、神様のお為になったであろう。自分という者がいない方が、神様がお楽であろう。自分の様な者がおる為に、神様にご心配を掛けておる。
どうしてこの世に自分は生まれてきたのであろうか。そういうおそまつもの御無礼者にもかかわらず、無い命を一回とはなしに、二回までもお助けを頂いたと言う事は、何と勿体無いことであろうかということをお話しました。信心の目覚めです。ただ有り難い有り難いというのがです。本当にお陰を頂きよります。まぁ私の子供達で言うならば、親の御徳のお陰で、きつい思いもせん、さほどに難儀もせんなりに、楽々と生活させて頂いて、何と有り難いことか。
親の恩どん忘れちゃならんと言うような程度でなくて、自分の様なこの世に生まれて来なかった方が、神様もお楽であったろうと思う程しに、自分と言う者がこれを今の言葉で言うなら、自己嫌悪とでも申しましょうか。それも実に尊い自己嫌悪である。自分の様な者が、そこからです、お詫びが出来、御礼が出来るという信心。信心と言うのは、信心の目覚めというのは、自分自身が分ると言う事なんです。私共の場合でもそうでした。本当に今迄して来ておった信心は、あれは信心じゃなかった。
何十年間と言う親から譲り受けた信心は、お陰は受けて来た。御利益は人のたまがる様に受けてきたけれども。裸一貫で引き揚げて来なければならないと言う事態に立ち至った時に。今迄の信心が間違っておったことに気がつかせて頂いて、真の信心に心が向けられた時に、いよいよ自分という者が分り出させて来た時に、食べる資格もない私であり、又は着る資格もない私だという処から、一着の洋服で何年間を過ごさせて貰う。夏冬なしに、夏服一枚で過ごさせて貰う。
食べないという訳にはいかんから一椀のお粥を、命を頂き継がせて頂く事の為に、一椀のそれも今の様にドブドブした様なお粥でなくて、それこそすする様なお粥であった。私は、とてもとても、この一椀のお粥でも、食べる資格がないという処に立ち至った。今から考えて見ると、あの時分がです、天地の開ける音を聞いて目を覚まさせて頂いたんだと。私は今日、幹三郎の話を聞かせて頂きながら、それを実感した。しみじみ有り難い。これから、本当のものが生まれて来る。
自分の様な者は、この世に生まれて来ない方がよかっただろう。神様の御厄介者だ。神様に御心配の掛け通しの自分であるという事を思う時にです、相済まん事であったと言うことになってきた。寒修行が始まって、彼は断食に這入っております。毎朝朝の御祈念が終わってから、私がここを下がらせて頂くまで、事務所の御用、経理の方のお手伝いをさせて頂くのは幹三郎。みんな裏さん行ってしまう。まぁ朝のあの一時は、実を言うたら、一番私も、ここから、ベルを押しても、誰もおらない。
それを御用してくれるのは、矢張り幹三郎である。毎日の親教会への日参をお日届に参ってくれるのも、矢張り彼である昼の御祈念にも、夜の祈念にも出て来るのは彼である。それでいてです、相済まん自分という者が分らせられる処からです、お詫びの印にでも、それがなされなければ出来ない事に段々なってきた。そういう自分にも拘らず、神様が命を下さり、助けて下さったと言う事にです、感動が湧いてきつつある。
私は信心の目覚めというのは、そこからだと思うんですけれども、皆さんどうでしょうか。おかげを頂きますよご利益を頂きますよ、有り難いお話を聞きますよと、聞いただけです。それが改まりともならなければ、力にも徳にもならないならばです。お話を頂いて何を分るか、信心が分ると云う事は、自分が分る事だとすら云われておるんです。信心の目がない。そこから本当の信心が育って来ると言う訳であります。
私は今度御本部参拝を、十二月の報徳祭の御直会に、金光様と言うご本を、こんな厚い三代金光様の御一代の事が書いてある御本を頂いて参りました。皆さん方も是非大変に良い本ですから、今度御本部参拝されたら、是非一つ金光大神とか、概説金光大神とか、概説金光教と言った様な立派な御本が、これはどうぞ皆さん買い求められて、矢張り一読しておかなければいけません。
特に今読ませて頂いておる三代金光様、丁度半ばまで読ませて頂いておるですけれども。その何と言うでしょうか別に奇な事はない。いや不思議だなぁと言う事もない。只淡々として水が流れる様にです。当たり前の事を当たり前になしておられて、七十年間と言う事の処に、なんとも言えん慕わしさと言うか、有り難さと言うかそういうものを感じる御本でございます。
私はこの御本を読み出しましてから、自分の思い方頂き方を変えさせて頂いた。丁度寒修行の始まった日のことでございましたけれども。今度の寒修行の心掛けでしたけれど、怠慢という事を頂いた。怠慢無礼と言う事を申しますね、頂いてから本当に自分自身の信心が、怠慢であったことに気がつかせて頂いた。それが金光様の御信心とは、本当に特別なことでなくて、当たり前のことを、当たり前にさせて頂くだけなんです。
それを金光様は、70年間続けられたというところに、言わば他の者の追従を許さない御神徳をお受けになられたと、私は思います。それこそ何と申しますかね、ご飯の味とでも申しましょうか。365日、毎日同じご飯を頂いても、それが飽きずに、それが血になり、肉になっておるようにです。金光様の御信心とは、そうです。此の頃食べたけん、一時ばっかり食べめぇと言った様な事が、あってはならない信心なんです。ところが私共の場合は、それがあるのです。
朝の三時半に起きて、そして四時の御祈念を仕えさせてもろうて、如何にも誰に出来ん修行をしよるごとあった。私は、この御本を読ませて頂いて、普通難しい事じゃない、当たり前のことを、当たり前にしていくことだけだと。何時も、私は、二時から食事する時、ここで昼から変わるんですけれども、教会長として、ここで御祈念が仕えられておるのに、その御祈念にも出ていないというような事では、相済まぬと思うて、一時の御祈念ですから、一時前に出らせて頂くように致しました。
四時のご祈念は、勿論、私が奉仕させて貰います。八時の御祈念は、一杯頂いて休ませて貰うから、起きれたり、起きれなかったりでしたけれども。これは御神酒を慎ませて頂いてでも、八時の御祈念には、ちゃっと出て来なければいけん。そりゃ、あんた教会長として当たり前ですよ、そんくらいの事はと言われりや、それだけのことなんだけれども。それが続くということなんです、信心とは。私は、金光様の御一代の御本を読ませて頂いて、それを感じた。それこそ、水が流れる様に、滞るというところがない。
今日、午後の奉仕をさせて頂いておる時に、吉井の杉さんが、朝参りがお出来にならんもんですから、何時も午後から参られる。今日参って見えてから、特別なお届けをなさってのお話なんです。本当に親先生当たり前の事のごと思うて、最近はとにかくお世話になりますということ。「礼を言う、心こもれる言葉なり、日本の言葉、お世話になります。」これが今年の合楽の信心。これを深めていく、広めていくと言う事は限りがない事。そらこの一杯の水を頂かせて頂きましてもです。
それは神様のお恵は勿論の事ですけれども。ここまで水道蛇口をひねれば、水がジャ-と出る綺麗な水が。しかも私の中には必ず氷を入れてあるが、氷が出来る迄の様々な沢山の人の手を煩わせて頂いておる事か。一椀の御飯を頂かせて貰うでもです。お百姓さんが作られる、その沢山の手数を経て、様々な人の手を経てしかも御飯にして、それを私の食膳に出て来るまで、どの位の手間が懸かっておる事か、手が込んでおる事か。只お世話になりますと、先ずそれを申しあげなければ頂かれない。
頂いたらお世話になりましたと言う事を言わなければおられない。その深さが広さが段々段々深う広うなって来る。お世話になりますと言う事は、是は有り難いとか、済みませんとかいう言葉以外の言葉です。本当に日本の言葉お世話になりますであって、これは私共支那に永く居りましたけれども。支那にはお世話になりますという言葉はなかった様に思う。済みませんとか有難いとかという言葉はあります。このお世話になりますたんべんに人のお世話になる。
この着物一枚でもです沢山な人のお世話になって、ようやく私が身に付けさせて頂いておるのです。そげな面倒臭いこと思わんでん。しかしそれが分るのが信心なのですから。本当に先生当たり前の様に思うておりましたけれども。毎日お日参りさせて頂く。あちらのご主人が、皆さんもご承知のような大変な財産家でありなさいますから、西鉄の株ば沢山、お父さんが買うて下さってあったご主人が。おかげで全線バスがただのパス券を貰っておる。それに本当気づかせて頂いた。
主人がこういう良い物を残しておってくれたおかげでです。どこまで行くでもお金も出さずに、福岡に参りましても、毎日のお日参りをさせて頂いても、おかげを頂いておるが。これはせめて月に一回位はこの事のお礼をさせて貰わなければ、相済まんと気がついたと言うておられます。それをお世話になります、お世話になりますを言いよったら、そう言う事に気がついてきた。本当に杉さんそうですもんね。朝参りもどうでも寒修行がありよるから、おかげ頂きたいと思うておったら。
今日は計らずも、綾部さんとお会いする機会が会ったら、毎朝お参りしよるけんあなた、あすこの途中から乗ってお出でられんかと言うて、薦めて頂いた。明日からはおかげで寒修行に朝参りが出来ますと言うて、喜んでおられる。杉さん当たり前の事を、当たり前と思うたらおしまいですよ人間は。食べるとが当たり前、着るとが当たり前、金出したっじゃから乗るとが当たり前。これ貰うのは当たり前。そこには有り難いもの味も素っ気もないものです。
そこに気付かせて頂いてお世話になります、有難う御座いますを言わせて頂く所からです。限りなくそれが広がって来る有り難さ。感動が湧いて来る。久留米の井上さんじゃないけれども、元旦のお世話になりますのご理解を頂いて帰ってから、夕方の準備をさせて貰うガスレンジに、先ず只今からお世話になりますと合掌した。使わせて頂いてお世話になりましたと、お礼を申させて貰ったら、どこから湧いて来るか判らんけれども、感動が湧いてきた。どうした事だろうか。
この感動はどこから来るのだろう。そしてどこへ此の感動が行くのだろうかと思う位。愈々食卓を囲んで、一家中でお食事させて貰う時に、なんとか辛いとか甘いとか、必ず言われる御主人が、今日んとは美味しかったねぇち言うてからその頂きなさった。私共がお礼を申し上げる事が本当と言う事。それが度々感動せにゃならんと言う事じゃありません。たったこの位の事が、神様があぁ気が付いてくれたかと言うて喜んで下さるならばです。私共は本気でお世話になります。
お世話になりましたを繰り返さなければならないと言う事。もうそれに掛っておっても良いと言う事です。人間の幸せはそこから始まる。本当に相済まん事であった。私の日々の神勤。神様の奉仕をさせて頂くと言う事であってもです。一時の御祈念ではなくて、何時も二時夜の御祈念は自分のよかごつ、ただ朝のひと時だけが、まぁ言うなら水も漏らさん様に出来さえすりゃ、それは信心の程度に応じて、色々でございましょう。
それはピンからキリまでありますから、必ずしも大学生の真似をしなければならんと言う事ではないのですけれども。幼稚園は幼稚園なりに、そんなら金光様が十四のお歳にお坐りになった。親様が坐っておれば楽と仰ったから坐っておったけれども楽ではなかった。もう辛うて辛うてよう泣きましたと仰せられた。十四は十四なりに泣く泣くでもと言う所をお通りになってです。有難うて有難うてしかもそのお礼の足りない、お詫びばかりをしておりますと、晩年に述懐なさっておられる様な、素晴らしい処がです。
日々がさらな事としてです、それが七十年間続け抜かれたと言う所に、金光様の信心の三代金光様の信心の偉大さというものを私は感じます。私共が仇にし疎かにしておると言う事を、一言ずつでも、私は気付かせて頂いて、まともな信心に立ち返らせて貰うた。言うならば実意丁寧神信心、真、真心と言うけれども、その事が実意であり、その事が真であり真心という風に思います、
ここ四五日毎日もう六十位になるとが、二人でどっか朝倉郡の方からお参りになります。一人は医者にソコヒと言われておられる方。一人は足の痛みが全身に此の頃伝わって痛み出すという様な方。長年ある教会で信心の稽古をなさっておられる。けれども嫁がたまたま、こちらにお陰を頂いて、お陰を頂いておる人達の姿を見せて貰って、聞かせて貰って、お参りをさせて頂いておる。
昨日お参りして来てから、足の痛みがお陰で忘れた様にありますとこう言う。一人の方はおかげで医者に行かずに、こちらの方に通わせて頂いておるが、まぁだ判りませんバッテンから、医者に毎日、通うておった時よりか、スッキリしてから、よかごとございます。けれども一つ心配な事があります。そりゃどう言う事ですか。私共は○○教会で、○○の親先生から、大変ご恩になった者でございますけれども。
それが道を間違えたという風に言われたり致しますと、先生是は道を間違えておるのでございましょうかという訳なんです。それで私は先日から、飯塚から参って来ておる方達のお話を致しました。私はそれも今度二日の日に参って来てから、分らさせて頂いたんですけれども。飯塚教会の総代さんをしておられる。長谷さんと言う。弟さんは長谷先生と言うて、幸袋教会の教会長をしておられる。お孫さんが幼稚園に行かなければならんのだけど、幼稚園に行かれんというのは、五分おきに小便が出る。
医者に診せるとこの人のは、先天的なものであって養生したから、ようなるものじゃなかと言われた。それで合楽の事を聞かせて頂いて、十回位参って来られたでしょうか、お爺ちゃんとお婆ちゃんで。それっきり参って見えんから、どうだろうかと思いよったら、その後に、長男のその息子さんが事故を起こして、秋永先生達が入院した病院に入院された。その病院のすぐ近所であった。
そん時にお父さん方が又お願いに見えたから、お願いをさせて貰って大変おかげを頂いてから、お礼に出て来てそれっきりであった。大変お陰を頂いた。そして今度お参りして来てからです。昨日親教会の飯塚教会と、幸袋教会に元旦祭におかげ頂きました。今日はこちらの、昨年は命を頂いたお礼に、夫婦親子四人でお参りさせて頂きました。あなたが、長谷さんじゃったねと言うて話した事でした。
あちらにお爺いちゃんがお願いに来て、お孫さんが小便の出るとが一人おったが、ありゃどげんなったねち言うたら、あれがこの子でございますち言う。おかげであれから忘れたようにおかげを頂いて、幼稚園通いをして、今年から小学校へ参りますとこう言う。あぁそげな事じゃっのと言うて、どうしてあんたそげな事なら、早うお礼に出てこじゃこてとも言いませんでした、又思いもしませんでした。けれどもそういう様な方が、合楽には随分あるだろうと思う。
もしそれが道が間違うておると言うのなら、神様がそういうおかげをお婆ちやん下さるだろうか。私が頂いておるのは道というのは、教祖金光大神が教えて下さった事を、守らせて頂くと言う事が道であって、そこから天地に繋がっていく所の道に出られるのであり、天地の開ける音を聞いて、目を覚まささして頂くほどしのおかげにしていかなければ行けないのです。それを聞かせて貰うて、安心がいったと言う様に、言うておられますけれども。そういうお陰の中からです。
私共が天地の開ける音を聞いて目を覚まさせて貰う機会を、何時とはなしに何とはなしにです、頂いておるけれどもピンと来ない。それはおかげに幻惑されておるからだ。おかげが受けられるの、受けられないのというそこん所にです。今日は久留米の原口つぁんがお参りされてから、息子さんが学院に行っておられる。今度帰って来て息子の話を聞いて、たまがりました。お母さんお母さん、もう金やら物やらじゃなかばい。
心が助かる事ばい。兎に角心を助けて下さるとは、合楽の先生より他にゃここ辺じゃござるめぇごたるけん、合楽に一生懸命参りなさいち言われた。形のおかげは下さる事が出来てもです、心を助けて下さる人は、そうざらにはござらん、そして弱かった者が大変強くなって、それこそ二人見るように変わらせて頂いて、親の私がびっくりするほどおかげを頂いておりますとこう言う。
本当に合楽の先生は、心を救うて下さる事が出来るだろうか、助けて下さる事が出来るだろうか。それは私は出来ない。けれども助けて下さる一つの道付けというか、言うならば御理解を、どこよりも深く広く教えて下さっておると言う事だけは事実である。だからそのみ教えによってです。私共が判る所が判らせてもろうて、判らんならばです、これは一修行させて頂かなければ判りません。是は一修行させて頂いてからでも判らにゃいけん事なんです。そこから自分がはっきりと見えだして来る。
そして結局は自分自身が助からなければという意欲が生まれて来る。そこから教えが本当に耳に這入って来る。それが血に肉になって来る。おかげからでは入って来ない。只今、寒修行が、今年は皆さんの寒修行の様子を見ておりますと、非常にそれぞれに工夫をしておられると言う事を感じます。銘々の処で様々な工夫をしながら、寒修行に参っておられるように思います。話を聞くばかりが能でない。我が心からも練り出せと言う事はです。そういう大変な天地が開ける。
その事によって信心の目覚ましができる程しのおかげを頂く為にです。私は修行をさせて貰わにゃいけん。その為の寒修行であると言う事であったら、その寒修行が、愈々尊いものになって来るという風に思うです。どうぞ合楽教会と共に、いやこれは全教一斉に、寒修行は行われておりますけれども。全教の信奉者が一緒になって、合楽の信心者信奉者が一同に集まってです。真の信心が判りたいとの願いを込めての寒修行であったら、大変尊い修行になって来る。
ああ今度の寒修行に依ってこの事が一つ判らせて頂いた。いや心の目が覚めたという様なお陰を頂かれれば、愈々有り難いことになるのです。だからお参りをしゃっちせにゃならんという事ではありません。けれども杉さんじゃないけれども、どうか朝のお参りをさせて頂きたい。寒修行に参加させて頂きたいという願いを立てなければいけません。ありゃ、素人どんが参りよると。兎に角合楽は玄人がお参りして来る。
そんな感じがする。総代幹部と言った様な人達が、ここで中心のお陰を頂かなければならん様な人達が、お参りをしないと言う様な傾向がある。可笑しな話しです。そして判っとるかというと、いっちょん判っとらん。ただお陰だけは頂きよると言う感じ。昨日私はその事を頂いたら、大きな一丈位あるごたる熨斗にです、小さい人間がしがみついとる。神様が蓮根食うて下さっておるおかげにしがみ付いて、それを離しきらんでおる。そう言う様な事で、尊い寒修行も出来んと言った様な事ではです。
私は相済まん信心だと思うのです。だからというて出けん者を、無理に引き起こすという訳にはいけませんけれども。問題は自分自身が意欲しなければなりません。願わなければいけません。そして寒修行の間一か月間ですから、二日でも三日でも十日でも十五日でも、寒修行に参加させて頂く。その目的がです天地の開ける音を聞いて目を覚まさして頂ける程しのものを頂きたい。真の信心が判りたい。そこから真のお陰は伴うて来るのでございます。
どうぞ。